MENU

SUGIMOTO KANAKOMIZUNO AYANE

クラツーの産休・育休第一号。
たくさんの失敗とトラブルを乗り越えて、
いまの私があります。

海外生活にも、転校にも、
就職氷河期にもめげず。生きるために!

親の転勤の都合で、中学まで海外生活が長かったんです。アメリカのロサンゼルス、ドイツのハンブルク。小学校だけで3回も転校しました。生き抜くためのコミュニケーション術というのはそこで身につけたように思います。就職活動の頃は、氷河期どまんなか。かなり厳しかったですね。その当時、女性は一般職を選ぶ人も多かったのですが、私は総合職で働きたかった。そして、やっとの思いで念願の旅行会社に就職。当時の職場の先輩たちは「帰国子女が来るぞ」と期待して待っていてくださったようですが、実際の私は英語がすっかり苦手になってしまっていて、社名の「tour」という綴りも間違えてしまったんですよね…。そんな私のことも温かく受け入れてくださり、ドタバタ社会人生活がはじまりました。

最初の配属は国内航空の仕入れ部門でした。専用の航空端末を使って席のリクエストをするのですが、ツアーに必要な席が取れない。あまりに座席が取れなくて、航空会社を相手に電話口で泣くこともありました。「あと5席足りないです…」と泣くと、「しょうがない、希望席をつけてあげるよ」とお情けで席をもらえる。今だとびっくりされるんでしょうが、当時は人と人との関係性で仕事が回るような感じだったんです。余談ですが、私の誕生日に端末に「HAPPY BIRTHDAY KANAKO」と流れてきたことも!数字と英文字しか入力できない端末で、わざわざメッセージをくださる。こうした取引先の方の温かさに励まされることも多かったですね。たくさんの予約が入って特別に臨時便を飛ばしていただいたこともあります。クラブツーリズムのお客様だけの便!新入社員なのに、こんな仕事を任せてもらえるんだ、と新人ながらに感激したことを今もよく覚えています。

トラブルのたびに鍛えられた。
育児しながらのドタバタ職場復帰。

入社2年目の時に、妊娠がわかりました。当時は結婚したら辞めるのが一般的だったのですが、私の上司が色々調べてくださって「こういう制度があるから使ってみたら?」と親身にアドバイスしてくださった。上司がいなかったら、私は今こうして会社にいなかったかもしれません。妊娠後期で人事に異動。人事のみなさん、とっても親切にしてくださいました。無事に出産して復帰したのは、2005年。保育園に入れずベビーホテルのような施設に預けたり、あなたの子どもは手に負えないから退所してくださいと言われたことも(笑)。それで別の保育園に転園したら、なんと布おむつの園!会社から帰ったら汚れたおむつを10枚洗濯するような日々でした。

復帰当時は、人事労務と秘書を兼務。社長や役員と接するので会社の理念や経営視点に触れられたことも良かったことです。当時「出過ぎる杭は打たれない」と書かれたポスターが社内に貼られていたんです。役員のみなさんも、新しいことや自分がやりたいことをどんどんやっていいんだよと日々おっしゃってくださった。背中を押してもらったように思います。とはいえども、仕事では失敗も多かった。エレベーターの前でお客様をお迎えして応接にお通しするのですが、ある日、左右で違う靴を履いてきてしまいまして…。上司から「あなたはお客様の前に出せない」と叱られました。冬場にマフラーだと思って巻いてきたものが、朝にお風呂で使った使用済みバスタオルだったこともあります…。失敗談、いくらでも語れます(笑)。

「1,000万円、やりたいように使っていいよ!」
業務改善のために
ライバル企業に相談に行きました。

人事労務の仕事にやりがいを感じていたので、JRセンターへの異動はショックでした。当時、その部署は残業時間が多すぎたので改善しましょうと上司に進言していたんです。じゃあ、君が変えてきてよ、ということでの異動。退職を検討するほど悩んだのですが、いざ着任してみたら、すごく温かく迎えてくださった。まずは業務の効率化のために、手書きの紙台帳をシステム化するプロジェクトを立ち上げました。上司からは「1,000万円までなら使ってもいいので、やりたいようにやってみろ」と言われたんです。とはいえ、どんなシステムがいいのか全然わからない。そこで、思い切ってライバル会社の方に相談しました。今だとありえないかもしれませんが、職場内に入れていただき、実際の画面まで見せてもらい学ばせていただいたんです。そうして出来上がったオリジナルのJR手配システムが、10数年経った今でも社内で使われています。

時短勤務の制度を改変したことも、思い出深い仕事です。当時、時短勤務は子どもが未就学児までしか使えなかったんです。娘が小学校に上がるタイミングで「このままでは私は働き続けることができません」と上司に直談判。時短勤務を小学校3年生まで引き上げる提言書を出しました。後に続くママたちからは「あの時制度を変えてくれたから、私も働き続けることができました」「すごく助かった」という声をたくさんもらって、本当にやってよかったと思いました。ちなみに、当時の私はまだ30歳ちょっと。若手の提案であってもしっかり考えてもらえる。クラブツーリズムは昔からそういう会社です。今は所長という立場になりましたが、いろんな人の声に耳を傾けて、支えられる先輩・上司でありたいと思っています。

TOPICS

仕事のモットー

初心を忘れない。
新人時代の研修ノートを今も大切にとってあり、時々読み返しています。改めて読むと恥ずかしいのですが、前に進むためにも、「初心忘るべからず」を大切にしています。25年も昔のノートなのに、今の私が進化するためのヒントが書かれていたりするんですよ。管理職に就任した際、年賀式で新年の抱負を発表したのですが、その内容を考える時にもこのノートを開きました。
感謝の心を忘れない。
感謝の心を忘れないということは、新人時代からもずっと意識してきたことです。新人時代の研修ノートもそうですが、初めて行った時の添乗レポートにも「感謝の心を忘れない!」と熱く書き込んでいました。当時のがむしゃらで一生懸命なメモを見ると、今の私はこの時の私に負けているな…と反省することもあります。
多様性を大切にする。
今の部署は、20代から60代までいろんな人が働いているので、「多様性を大切にする」ことはすごく意識しています。1人1人が強みを生かして、存在感をアップできるようなマネージメントを目指したいです。また、みんなが楽しく仕事ができる職場づくりも大事。「困った時はお互いさまだよ、支え合って助け合っていこうね」ということは、常々口にしているように思います。

RECOMMEND